この本は横尾が60代に入ってのエッセイ。
「今まで芸術と生活を二つに分けて、芸術に集中さえしていれば生活を疎かにしたってどうってことないと考え、
全てを芸術論でかためてしまう人生観を送ってしまったところがあった。芸術は芸術の中でのみ完結するものだという錯覚は、
完全に幻想だったことが理解できた気がする」
この言葉が、この本の核心だといっていいだろう。
若い頃から、ナルシシストで自意識過剰の横尾は、七五歳になる今年も、そこから抜けるために未だに苦労しているように見える。
自意識過剰から抜けるための試みの一つが、全国あちこちでやっている公開制作である。
公開制作について横尾は「(公開制作を行っていると)無私になる。不思議なことに雑念が去来しなくなる。『私』の意識が薄れる」とこの本で語っている。
この公開制作時のテーマは「T字路」である。
なぜT字路なのか?それは62,3歳の頃に10年ぶりに帰った故郷の西脇で、子供の頃に良く通った、T字路に建つ模型屋が奥の壁を残して、
あとは見る影もなくなっている姿に、膝が崩れ落ちるような衝撃を感じ、
そのT字路を描くことでノスタルジーをもった「個人」から自由になり「普遍的な個」と感じるからだそうである。
横尾は幼児の頃に叔父の家に養子に入り、溺愛されて育った。彼にとって過去の記憶はすべてよきもの、と言っていいだろう。
決して忘れたい過去に苦しむ人間ではないのである。
芸術と生活は別、と考えて60代にまで至ったこと自体にに驚くが、同じくナルシシストで、「芸術と日常生活は別」と同じことを言っていた
三島由紀夫に傾倒し多大な感化を受けていたことを考えると、不思議ではないのかも知れない。