時の権力に対抗する。これは勇気のいることだ。
クラウド時代の現代は、ウィキリークスや動画投稿により告発が可能になったが、それでも命の危険を伴う。
1940年当時、アメリカはまだヒトラーの「本性」を知らなかった。あくまで中立国の立場を守るため、
真珠湾で大日本帝国とぶつかるまで、世界大戦からはあえて目を背けてきた。現代の世界警察のスタンスとは大きく違うところだ。
ゆえに、ハリウッド作品は相変わらず「浮世を忘れる」大作・娯楽作・テクニカラーに注力していたのだ。
しかし、チャーリーは違った。ヒトラーという男を茶化して、その本性を伝えようと思った。
風船の地球儀をもてあそぶヒンケルの姿は、アメリカ参戦後の世界大戦を予見した、恐るべきシーンである。
前作「モダンタイムス」でヘンリー・フォードを逆鱗させたチャーリーだが、今回の相手は世界征服を図る男だ。
英語でセリフを録ることを拒絶し、長らくサイレントを貫いたが、今回は初めてのトーキー作品となった。
その理由は、ラストの大演説シーンにある。ここは字幕ではどうしても無理だったから、チャーリー自らが人類平等を訴える。
しかし、時代は戦火を選んだ。チャーリーも無念だったのだろう、戦後第一作の「殺人狂時代」で「ひとり殺せば殺人者だが、百万人殺せば
英雄だ」という、本作に呼応した名セリフを残すことになる。
チャーリーは歴史を見ればわかるように、決して品行方正な人間ではなかった。特に女性問題はムチャクチャだった(笑)。
でも、チャーリーは作品で良心を貫いた。本物の映画人だったと言えるだろう。
1941年のオーソン作「市民ケーン」及び1944年の木下恵介作「陸軍」と共に、権力と戦った作品として、本作は何百年経っても
映画史に燦然と輝き続ける。
今回は紀伊国屋書店からの発売だが、そろそろHDで観たい作品だ。星など付けられない「歴史遺産」です。5つ星が最高なので5つ。