内容紹介
私のやり方に従えない人は辞めてもらう--。
「辞めさせたい議員アンケートの実施」、「市職員の給与明細全面公開」、「二度の市長不信任決議」、
「市役所職員労働組合事務所の退去命令発動」、「市職員の人件費を記した“貼り紙”を剥がした職員の
“懲戒解雇”」、「裁判所の懲戒免職処分取り消しの決定を“無視”」、「職員の厳罰化を狙い賞罰審査
委員会のメンバーを総入れ替え」、「障害者発言」「市の防災無線を使ってのマスコミ批判」……etc.
ブログを駆使した過激発言で、「市政を混乱に陥れた独裁者」などとマスコミから批判され、バッシングの嵐に
晒される超“改革派市長”の真の“狙い”とは何か……!? 現在、政権与党の民主党が「1丁目1番地」の政策として
主導する地域主権型の地方分権改革に敢然と異議を唱え、疲弊し続ける地方議会、地方行政の改革のあり方を訴える。
「辞めさせたい議員アンケートの実施」、「市職員の給与明細全面公開」、「二度の市長不信任決議」、
「市役所職員労働組合事務所の退去命令発動」、「市職員の人件費を記した“貼り紙”を剥がした職員の
“懲戒解雇”」、「裁判所の懲戒免職処分取り消しの決定を“無視”」、「職員の厳罰化を狙い賞罰審査
委員会のメンバーを総入れ替え」、「障害者発言」「市の防災無線を使ってのマスコミ批判」……etc.
ブログを駆使した過激発言で、「市政を混乱に陥れた独裁者」などとマスコミから批判され、バッシングの嵐に
晒される超“改革派市長”の真の“狙い”とは何か……!? 現在、政権与党の民主党が「1丁目1番地」の政策として
主導する地域主権型の地方分権改革に敢然と異議を唱え、疲弊し続ける地方議会、地方行政の改革のあり方を訴える。
内容(「BOOK」データベースより)
辞せさせたい議員アンケート、市職員全員の給与明細全面公開、二度の不信任決議、反市長派の市職員を懲戒免職etc。ブログを駆使し、過激発言で市政を混乱に陥れた“超改革派市長”の真の狙いとは!?地方分権改革は「職業議員」と「公務員労組」に潰される。
著者について
竹原信一 鹿児島県阿久根市長
たけはら・しんいち●1959年、鹿児島県阿久根市生まれ。1977年、防衛大学校入学。1983年、航空自衛隊に入隊。
1988年に2等空尉で退官後、帰郷し実父の経営する建設会社に就職。住民不在の阿久根市政の理不尽さに憤り、
2003年、市行政、市議会の実態を告発するチラシ『阿久根時事報』を製作し、自ら市内全域の1万世帯へ届ける
活動を始める。2004年、ブログ『住民至上主義』(http://www5.diary.ne.jp/user/521727/)の前進となるブログ『阿久根時事報』
で市民に向けた情報発信を開始。2005年、阿久根市議会議員選挙に初当選。一期目途中の2008年8月、市役所職員の
人件費削減を訴え、阿久根市長選挙に出馬し初当選。2009年4月、市議会、市役所と衝突を繰り返した末に二度目の
市長不信任案が可決されるも、同年6月、出直し市長選で再選を果たし現職。この間、「辞めさせたい議員アンケート」、
「市職員の給与明細全面公開」、「市職労事務所の退去命令発動」、「市職員人件費を記した貼り紙を剥がした職員の懲戒免職処分」など
……数々の“掟破り”の手法を駆使し、市政改革に取り組んでいる
たけはら・しんいち●1959年、鹿児島県阿久根市生まれ。1977年、防衛大学校入学。1983年、航空自衛隊に入隊。
1988年に2等空尉で退官後、帰郷し実父の経営する建設会社に就職。住民不在の阿久根市政の理不尽さに憤り、
2003年、市行政、市議会の実態を告発するチラシ『阿久根時事報』を製作し、自ら市内全域の1万世帯へ届ける
活動を始める。2004年、ブログ『住民至上主義』(http://www5.diary.ne.jp/user/521727/)の前進となるブログ『阿久根時事報』
で市民に向けた情報発信を開始。2005年、阿久根市議会議員選挙に初当選。一期目途中の2008年8月、市役所職員の
人件費削減を訴え、阿久根市長選挙に出馬し初当選。2009年4月、市議会、市役所と衝突を繰り返した末に二度目の
市長不信任案が可決されるも、同年6月、出直し市長選で再選を果たし現職。この間、「辞めさせたい議員アンケート」、
「市職員の給与明細全面公開」、「市職労事務所の退去命令発動」、「市職員人件費を記した貼り紙を剥がした職員の懲戒免職処分」など
……数々の“掟破り”の手法を駆使し、市政改革に取り組んでいる
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
竹原 信一
鹿児島県阿久根市長。1959年、鹿児島県阿久根市生まれ。1977年、防衛大学校入学。1983年、航空自衛隊に入隊。1988年に2等空尉で退官後、帰郷し実父の経営する建設会社に就職。2005年、阿久根市議会議員選挙に初当選。一期目途中の2008年8月、市役所職員の人件費削減を訴え、阿久根市長選挙に出馬し初当選。2009年4月、市議会、市役所と衝突を繰り返した末に二度目の市長不信任案が可決されるも、同年6月、出直し市長選で再選を果たし現職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
鹿児島県阿久根市長。1959年、鹿児島県阿久根市生まれ。1977年、防衛大学校入学。1983年、航空自衛隊に入隊。1988年に2等空尉で退官後、帰郷し実父の経営する建設会社に就職。2005年、阿久根市議会議員選挙に初当選。一期目途中の2008年8月、市役所職員の人件費削減を訴え、阿久根市長選挙に出馬し初当選。2009年4月、市議会、市役所と衝突を繰り返した末に二度目の市長不信任案が可決されるも、同年6月、出直し市長選で再選を果たし現職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)