赤江瀑の名を知らない人たちを哀れみたい。
この哀れみは一種、優越感のようなものに近いだろうか。
これほど優れた書き手はザラに見つかるものではなく、また大々的にその名を喧伝されている作家ではないからだ。
人の情念が狂気となる、その境界線をたゆたう妖しさ、儚さ、恐ろしさ、そういうものを書かせると右に出る者はないと実感している。
赤江作品はたくさん読ませてもらったが、常々思うのはどれもこれも驚くほど質が高いという点である。
この最新作品集『狐の剃刀』についても同様である。
ひところに比べ、猛々しさや激しさは幾らかナリを潜めた感があるが、静かなる裡にぞっとするような鋭さを帯びてまさに「円熟」といった感を受けた。
ことに表題作「狐の剃刀」の見事な後味はどうだろう。
読んでほしい。