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状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加 単行本 – 1993/11


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状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加 + 「学び」の構造 + 経験と教育 (講談社学術文庫)
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商品の説明

商品説明

   学習するとはどういうことなのか。まずは学校教育での学習が思い起こされるが、その場合、学習はあくまでも個人の中で起こっている認識論的な問題として捉えられがちだった。だが、学習に関する過去の説明は、学習が本来持っている社会的な特性を無視してきたと著者は指摘する。そこで、学習とそれが引き起こしている社会的状況との関係に焦点を当て、新たな学習観を提示したのが本書だ。

   著者は学習の新たな概念を明らかにする試みの中で、「学習とは社会的実践の統合的かつそれと不可分の側面であるという考え方」に到達したという。その新しい考え方を“正統的周辺参加”という標語で捉えた。その正統的周辺参加による学習の例として、仕立屋や海軍の操舵手、肉加工職人など5つの徒弟制度の研究を分析し、学習とは共同体への参加の過程であり、その場合の参加とは、初めは正統的で周辺的なものだが、次第に関わりを深め、複雑さを増してくるものだとした。そして、「学習者としての個人から社会的な世界への参加としての学習に分析の焦点を移したこと」と「認知過程の概念から社会的実践のより総括的な見方に分析の焦点を移したこと」に大きな意義があったと結論づけている。

   学習を、教育とは独立した営みとみなすとともに、社会的な実践の一部、「参加」、アイデンティティーの形成過程、などであるとした“正統的周辺参加”論的学習観は、教育実践の場にもさまざまな示唆を与えるのではないだろうか。(清水英孝)

内容(「BOOK」データベースより)

本書は、学習についての考え方に根源的でしかも重要な再考と再定式化をせまっている。人間の全体性に重きをおき、行為者、活動、さらに世界が相互構成的であるとみなすことによって、学習を事実についての知識や情報の受容とする支配的な仮説から逃れる機会を与えてくれる。

登録情報

  • 単行本: 203ページ
  • 出版社: 産業図書 (1993/11)
  • ISBN-10: 4782800843
  • ISBN-13: 978-4782800843
  • 発売日: 1993/11
  • 商品パッケージの寸法: 19.8 x 13.6 x 2.4 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 4.4  レビューをすべて見る (13件のカスタマーレビュー)
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7 人中、7人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 投稿者 梵太 投稿日 2010/4/20
形式: 単行本
本書では、「学習」を社会的文脈に位置付けながら論じている。
「正統的周辺参加」「実践共同体」などのキーワードを用いながら、徒弟制
における学習の特徴とその普遍性について議論している。学習理論において、
学校教育のような近代的学習法(教授法的学習)に対して顧みられることが
少なかった徒弟制学習の意義を指摘している。特に、教授法的学習は文化的
所与の内化という観点と強く結びついており、学習が本来持つはずの集合的
社会実践が無視されていると批判している。学習は単に教わる側と教える側
が知識を受け渡すような過程ではなく、学習という社会実践を共有する場
(実践共同体)において、参加の程度が深まっていく過程であると著者らは
主張する。
本書の面白いところは、学習過程と集団参加を重ねて論じている、あるいは
学習過程を参加過程と読み替えているところであろう。そうすることで、学
習を普遍的な営みとして位置付けることができ、学習過程におけるダイナミ
クス(集団内における関係性の変化や知識や技術の意味づけの変化)の把握
を可能にしている。
「正統的周辺参加」は、日本の伝統芸能、伝統工芸、手工業をテーマとする
研究で参照されることが多い。「実践共同
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25 人中、22人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 投稿者 tamadama 投稿日 2007/3/3
形式: 単行本 Amazonで購入
「学習とは何か?」を問い直す一冊です。勉強することは当人に依存するものかと思っておりましたが、実践と勉強の場であるコミュニティ(=実践共同体)がかなり重要であることが理解できます。実践共同体では徒弟と親方の単純あ二元論ではなく、徒弟同士で強い相互作用、徒弟は成長する、親方は徒弟と交替しうる、経験がモノを言うなど、まさに複雑系な世界と言えます。

 「学習」は自らの好奇心により能動的に知識を得ること、「教育」は構造化されたルールに従い学生を理解させることであり本質的に違うものという指摘が爽快です。

 社会人になって日々勉強と思うことが多々ありますが、個と場について考え直すきっかけになる良書だと思いました。

 ちなみに本書の副題にあります「正統的周辺参加」とは、ある目的を持った企業、組織、コミュニティなどに属していると認識しており(正統的)、誰が中心人物というわけでもなく新参者と古参者が渾然一体となり(周辺)、実践共同体を形作るという参加形態のことです。
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50 人中、40人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 投稿者 "やーさ" 投稿日 2001/5/17
形式: 単行本
訳者である佐伯胖(さえき ゆたか)先生の講演で「正統的周辺参加(LPP : Legitimate Peripheral Participation)を知りました。徒弟制度、研究室、OJTなどでの知識・経験の伝授の形が効果的に働くのかが、この本でおぼろげながら分かりました。個人的にはp.68の「学習に関して重要なことは,教授行為(instruction)の問題ではなく、学習の資源としての実践へのアクセスの問題である。」という文章が気に入っています。
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6 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 投稿者 Mecowber 投稿日 2008/12/13
形式: 単行本
知識がいかに実践的であるのかを考えるとき、学習者の社会との関わりを考える必要がある。実践的という以上,身につけた知識がどこにも生かされずに埋もれてしまうものではなく,実際の生活において実際にどのように生かされるのかを理解する必要があるからである。本書では徒弟制の学習の有効性の研究を例に,学習に参加することとの有効性について、リベリアのヴァイ族とゴラ族の仕立て屋の徒弟制をあげて述べている。レイヴはまた,アメリカのスーパーの肉屋の徒弟制を例に形式的な学習の問題点についても述べている。学習者自身がどのような知識が必要なのかを自ら考え学び取る能力を,私たち教師は育まなければならない。このことを,本書では示している。
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15 人中、11人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 投稿者 nishiuch 投稿日 2005/2/13
形式: 単行本
この本は「正統的周辺参加論」を提起した、初めての本。日本語訳もすばらしい。職人がいかにして一人前になっていくかを参加観察し、まとめたもの。たとえば、リベリアの仕立て職人では、見習いはボタン付けから始めていく。そして次第に大事な仕事を任されていって、マイスターになる。そのあたりのことが実証的に書かれていて参考になる。教育学関係者必読の書。最後の佐伯胖の解説もすばらしい。これだけでも一読の価値がある。
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投稿者 ベイトソンのイルカ 投稿日 2014/10/5
形式: 単行本
 この書を理解するのは、難しい。その理由は、訳者の力は優れているものの、原著の英文が難しいことがある。
 しかし、それ以上に、常識にとらわれるから、理解が難しくなる。ここでいう常識とは、近代的な個人主義である。それは、自由で主体的な個人が存在すると想定することである。それによれば、生物学的な皮膚の区切りのなかに、外部から直接的に操作されない内面が認められる。
 たとえば、学習は個人が行い、個人のなかで完結すると考えることもそうである。学習の目的が知識の習得であるなら、知識が個人の内面に形成されること、すなわち実在論的な知識の内化が学習となる。このような学習という行為は、個人を対象にするペーパーテスト等によって評価される。そこでの個人の正答率に、学習の成否や程度をみるのである。
 一方、正統的周辺参加は、学習を知識の内化などとは、みない。学習とは共同体(人々との関係、社会集団)への参加であり、自己と世界(社会と自然)とを同時につくる行為なのである。たとえば、長期的に学習したり、短期的に思わぬ経験をしたりすれば、自己が変わるように実感する。そこでは、新たな自己がつくられるのである。また、新たな自己からすれば世界が以前とは異なってみえてくる。このような自己と世界の同時形成が学習である。それは共同体(人々との関係、社会集団)のなかで、正統的な(本物の)行為を、
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