登録情報
|
そして物語化する社会を抑止するための対応策として著者は二つを挙げている。ひとつは説話論的な物語を可視化しハンドリングする技術を皆が身につけること。もうひとつは「文芸批評」を物語批判の技術として転用することである。
ここで、著者がまるでドンキホーテのように文壇に叩きつけた「『文学』なんて不良債権でしょ」発言が浮かび上がってくる。本書は挑発に腰砕けあるいは梨の礫の文壇に対して業を煮やした著者が、自ら「文学ってやっぱ大切でしょ。文芸批評も大切でしょ。」と劇団ひとり状態を演じている本なのだ。もう物語も文芸批判も文壇、文学といった狭いフィールドの中で語られるものではないし、お前ら相手にしてる時間はないっていうのが著者の本音だろう。
また一見脈絡なく見える大塚自身の仕事を自らが解読するくだりにおいて、「言わないと何もわからない時代なので」っていう物言いにも妙に共感してしまう。誰かいないのか大塚と渡り合う奴は?って。
意図的な「語り下ろし」の形式が「私」を抑止し、大塚の大風呂敷なテイストは残しながらも、客観的で開かれた著作になっている。「世界の中心で、愛を叫ぶ」を評して、「泣ける」とか「感動する」といったリアクションを引き出す一種のサプリメントとして読まれている、といったいつもながらのレトリックも冴え渡っている。
|
この商品のクチコミ一覧
クチコミを検索
|
関連するクチコミ一覧
|
|
|