バルトは本当に奇妙な(あるいは器用な)人です。彼を学者として考えると、雑駁な文芸批評、劇評書きから、国立科学研究センターにもぐりこみ、記号学という得体の知れない新分野を掲げて、高等科学研修学院で口座を張り、最後にはコレージュ・ド・フランスの教授にまで出世した、一種のやり手です。しかしその業績はといえば、記号学も、物語の構造分析も、学問としては底が浅いというか、素人がおもしろがってした仕事というに過ぎないように見えます。現に本書に収められている「物語の構造分析序説」などは、プロップ、グレマス、トドロフなどの研究業績に乗った解説に過ぎません。もちろんそれらを適切にまとめ要領よく解説するということは相当な知的作業なのですが、これでは日本の学者さんたちがよくやるような「知識の輸入業」と大差ありません。それゆえバルトは日本の「知識人」には人気がある。「これならおれたちにもできる」というわけです。
しかしもちろんそれだけならばフーコーやドゥルーズなどから評価されるようなことはなかったでしょう。バルトは構造主義の硬直性を軽々と乗り越えてしまいました。その証が、たとえば「作者の死」、「作品からテクストへ」などの「作者論」に現れています。ここに述べられていることは
フーコー・コレクション〈2〉文学・侵犯 (ちくま学芸文庫)に収められている「作者とは何か」という講演と論旨がほぼ一致しています。フーコーはここで伝統的なテクストに対する作者の位置づけを批判し、そこから「知の考古学」に見るような言表主体主義を打ち出していくわけです。
いまになってみると、バルトの業績はいわゆるポスト構造主義の思想を先取りしていたといえます。その傾向は「零度のエクリチュール」にまで遡ることができます。ところが本人は何か前衛的なことを言って世間を驚かしてやろうなどといった野心は微塵も持たず、ただ「おもしろいことを思いついたから聞いて」というように打ち出してくるので、思わず引き込まれてしまうのです。
こんな人がコレージュ・ド・フランスの教授にまでなってしまったのだから、フランス人の度量の大きさに感心します。こんな時代はもう二度と来ないかもしれません。