本書は解り易く具体的に書かれているので読み流してしまうかもしれないが、出来るだけゆっくりと読んで自分自身を振り返る機会としたい。
戦後、米国製「日本国憲法」「教育基本法」の呪縛により、やたらと「個の尊重」が過剰に強調され、学校でも自治体の政策においても個人至上主義ともいえる偏った価値観だけが浸透する社会の仕組みに陥っている。社会が乱れるのは必然だ。「個」はむろん大切だが「公」も同様に大切で意識付けされるべきである。
自らを振り返って、社会を構成する社会人として、子どもを大人に育てる義務を備えた親として、家族という共同体での父親として、母親として等々の自覚があるか?或いは現代社会にそれら「大人として」を自覚した人がどれだけいるか?その社会の在りようを考えてみよう。
本書の後半では、学校や自治体で進められている「ジェンダーフリー」や「過剰な男女平等」への警鐘が記されている。この項では大いに危機感をもって欲しい。善良な市民が知らぬ間に一部の偏った思想団体が「公」を乗っ取っているのだ。詳しくは「新・国民の油断」(西尾幹二・八木秀次 著)を読んでみると良い。これら国家、社会という「公」を無視した政策は旧社会党、共産党と人権団体、日教組等の左翼勢力の合作である。油断し妥協してきた自民党の罪も大きいが、選挙民である我々国民も「公」を軽視し政治への関心を薄くしてきたことを自省せねばならない。
今般、「郵政解散」だとか言って選挙戦が始まった。「二大政党制」が誇大に強調されているが、民主党はその一翼を担える政党なのかを冷静に判断しなければならない。それは「民主党政策集」を見れば「マニフェスト」やマスコミ報道ではうかがい知れない民主党の左翼的本性が分かるからだ。詳しくは「日本政策研究センター」H.P.を参照されると良いが、民主党は旧社会党の再来とも言うべき日本を潰す左翼政党なのである。