初出は’94年のビックコミック。’04年に文庫化されている。原作はなく谷口ジローのオリジナルであり、彼の故郷である鳥取を舞台とした作品。
東京に暮らしていた著者が、ふとしたきっかけで15年振りに故郷を立ち寄り、家族や友人と会い、変貌をとげた街並みを歩いた時に感じた思いをもとに創作した物語である。著者はあとがきで、街並みは変わっても、家族も友人も多少年をとっただけでそれ程変わっていないことにほっとするのと同時に、変わってしまったのは自分ではないかと自問する。見覚えのある風景を眺めながら、ここに私の始まりがあったのだと心を和ませる。
この作品は、そんな彼の思いが、父親に対して子供の頃からわだかまった気持ちを持つ30代の男を通じて描かれている。著者は、これもあとがきで、このような抽象的な心の葛藤を描ききれたか疑問が残ると記しているが、そんなことはない。この作品も他作と同様セリフは少ないのだが、彼の故郷に対する思いも、男の葛藤もあますことなく描かれている。谷口ジローの絵(人物だけではなく風景も含めた絵である)があってこそ成り立つ「マンガ」である。これが小説だとしたら作家にかなりの技量がなければ駄作になるかもしれない。原作なしのオリジナルとしては代表作の一つに数えられるだろう。
谷口ジローは欧米での評価が高い。この作品もヨーロッパでいくつかの賞を受賞している。詳しくはわからないのだが、ストーリーを重視する傾向にある日本の漫画に対し、欧米では絵を重視して、絵自体で何かを表現する作品が多いようだ。90年代以降の著者のオリジナル作は殆どが地味である。しかし、「絵だけで物語を表現」できる彼の評価が高いのは当然なのかもしれない。
近年、著者の作品が少しずつではあるが文庫で再版されている。文庫は気軽に読めていいのだが、やはり彼の作品は可能な限り単行本で読む方がいい。