本書は「無頼化」を「他に頼むものがなく一人で生きていくことを前提に、あらゆる価値基準を決定するようになること」と定義する。
「それってフェミニズム?」という問いもあるだろう。だがそうではない。男にかしずく生き方も対等に勝負する生き方も、今やまったくフラットに並置される。そのうえで女性は「自己決定」を強いられるのだ。そのようにギデンズなどが唱えたリスク社会にジェンダーの関数を入れて考えることは盲点であり興味深い。なるほど女性の方が近選択肢にバリエーションがある分、不安も増大するのだ。
本書はバブル時代を無頼化女子の第一次世代(かつて彼女らは「おやじギャル」と命名された)として、90年代の第二次、ゼロ年代の第三次と、この約30年間の女性の無頼化を考察していく。
経済情勢と同じく無頼化も、バブル期の楽観的な様相から時代を下るにつれどんどん悲壮感を帯びていく。今や自立することもキツいが、かといってかつてのように養ってくれるだけの余裕ある男も少ない。後続世代ほど無頼化は「強いられた無頼化」になっていくのだ。その一方、著者のいうとおりゼロ年代以降の女をテーマにした出版ブームは『おひとり様の老後』にしろ勝間本にしろ、テンション高い経済的強者の書き手に反比例するかのごとく、経済的に弱い女性読者の不安を煽る結果になっているのは皮肉以外のなにものでもない。
ただ残念ながら本書はそんな状況分析に終始し、無頼化を強いられた現代女子になにか有効な処方箋を配ってくれるわけではない。だが、かつて橋本治はその著書のなかで「自立」を「強いられた孤独」だと鋭敏な洞察を加えた。無頼化も本来は強いられることなのかもしれない。不安はスリルとも読み替えることができる。ならば女性諸君、何が起きても変じゃない(とミスチルが歌ったのは約15年前だ)この先にワクワクしてこないだろうか。
え?足が震えてるって?馬鹿者、これは武者震いだ。