無料ビジネスを2種類に分類し、「個々のお客さんとの取引において、一時的に無料で何か(商品や景品)を提供するが、トータルで利益を上げるという、従来からよくあるタイプの商売」と、この本の主題である「一部のお客さんについては、完全に無料のままタダ乗りされてもよい、という前提で、お金に余裕のあるお客さんから利益を上げるように計算した商売」について述べています。
どちらが正しいということは、もちろんありません。が、著者は後者について、お金のない客からはお金を取らず、お金のある客からたっぷり払ってもらうというやり方なので、前者よりも不景気のときに利益を上げやすいはずだから営利企業はもっとこの方法をとるべきだ。ただし、そのためには顧客ごとのきめ細かいマーケティング戦略が必須で、やみくもにタダで商品やサービスをばら撒けばよいというものではない。と、説いてます。
この無料ビジネスとして、典型的なところでは、携帯電話やパソコンの「基本無料」ゲームがそれです。お客さんは、自分がそう望むなら、ずっと無料でゲームを楽しめるし、一方、お金に余裕のある人はお金を払ってゲームのアイテムを買うことにより、付加的な楽しみをえることができます。(「無料」ゲームについては、金を払ってもアイテムが手に入らないことがあるギャンブル的な「ガチャ」の問題をはじめ、金を払わないとゲームのストーリーが行き詰るようにゲームの内容が細工されている場合もあり、無料と称している詐欺ビジネスではないかという点については、著者は問題点の存在を認めた上でひとまず棚上げにしています)
経済学の初歩にある「一物一価の法則」にとらわれず、「高くても金を払うことに躊躇しない人には高く、安くなければ買わない人には安く売る」というのを、カモからぼったくるアンフェアな商売と見る人もいるかも知れませんが、有料と無料で提供される商品やサービスについてきちんとした情報が示された上で、お金のある人が自分の意思で余分に払うという限りにおいては、なんら不公正ではないと思います。(無料ゲームについては、情報がきちんと提示されているかという点に問題あり)
一定の人数の客については最後までタダで商品を利用することを許容しつつ商売を成立させるためには、緻密なマーケティング戦略と顧客管理が必要で、ある会社の持つ顧客情報は非常に重要な資産であることが強調されており、この点についても同感です。
ただ、本の最後のほうに、公共の図書館が持っている貸し出しや閲覧の個人情報を顧客情報として出版社や本の著者に提供せよ、という点については、ちょっと恐怖を感じました。どこの国でも、思想犯取締りの一環として、図書館の使用履歴を調査していた時代があります。図書館で借りた本の履歴が図書館の中に閉じ込められている限り、あるいはアマゾンで買った商品の履歴が、アマゾンの中に閉じこめられている限り、私は特に心配することはありません。でも、ある本を読むというのは、その思想に何らかの関心があるからなので、そういう情報が外に出るというのはかなり危うい問題をはらんでいます。「無料」どころか、どえらく高い被害を受けかねない。例えばの話、政治思想や社会運動に関する本の閲覧履歴が、自分のあずかり知らぬところに流れていくようなら、図書館なんて使えません。著者や出版社が自分の味方とは限らないですし。
この本や、吉本さんの他の著作にもある、顧客を客層ごとにきめ細かく分類し、緻密なマーケティング戦略を立てるという行為は、「ビジネスモデルを設計する立場」から見れば、大変に面白い話題で興味はつきませんが、一方で「企業に操られる消費者」という立場から見れば、何やら薄気味悪いものも否定はできません。ある企業活動が消費者の害や脅威になると目されれば、事業存続に関わる問題になりえます。その点を考えると、単なるマーケティング目的であるとしても、顧客情報を集め保管することのリスクを、企業は十分に検討する必要があるでしょう。これは、この本が扱っている話題の範囲の外の問題なので、別の本を読む必要があります。