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抑えた筆致でしかし渾身の息子の想いがこめられていて感動をよんだ。
88歳の米寿を祝う席で父が「少し長く生きすぎてしまったかもしれないな」と言う言葉に作者は無名で何事も為さず一合の酒と一冊の本を読むだけだった父の「無名の人の無名の人生」が決して長すぎなどしなかったことを、どうにかして父に知らせる方法はないかと考え始める。
そんな父が発病し、やがて死が遠くない事を漠と悟った作者は父に生きるはりをもたせるために、句集を出すことを考える。
結局は句集は間に合わず父は亡くなってしまうが、父亡き後に句集の編纂にあたる作者は、父親の句を一つ一つ選び拾っていくうちにそれは「父の骨を拾いなおしている」ような気がしてくる。
この作品はそう言う意味においても父の想い出を一つ一つ拾い集め、悼み、父の骨を拾う作品であると思った。
作中の介護の様子がまるで私の父親の時を思い出せて身につまされた。
作者が当初思い立った
「無名の人の無名の人生」が決して長すぎなどしなかったことを、どうにかして父に知らせる方法はないかと考えた」
ことがこうして奇しくも鎮魂の書として世にでたことは深い意味を持つ。
私が、病床の父の背中を熱いタオルで清拭していた時、父が「お父さんはね、死ぬのを待っているんだよ」とぼそっと言った言葉が忘れられない。私もぼんやり父の死を覚悟していた時だったので返す言葉がどうしても見つける事が出来なかった。「うっ」と声にならない言葉を出してうろたえるばかりだった。
父に「生きて」と励ますことをしなかった私。
沢木耕太郎さんのように私も書く才があれば父の骨を一つ一つ拾うように書くだろう。
こんな息子を持ってこのご尊父は幸せだ。
抑えた文がこのご尊父の生き様を実に清々しく表わしていて白眉。
抑えたがゆえに息子の父を想う心が深く刻まれていて温かい。
この作品は、父の生き方、考え方を述懐し、父からの影響、父と自分の関係、父と自分の違いに思いを馳せ、結果的に沢木自身の生き方、考え方をも浮かび上がらせている。
沢木は幼い頃から父親の膨大な知識量に畏怖の念を抱いて育つ。その父親は若い頃の一時期、小説家を目指したこともあったが、自己顕示欲、執着心の無さから「無名」のままの生涯を終えることになる。沢木は「父に有名性への憧れはなかったのだろうか。(あったとしたらそれがなくなったのは)いつのことなのか、私にはわからない」と綴っている。しかし、それは息子がジャーナリストとして名を成した事と無関係ではないはずだ。この親子の関係は一見他人行儀にすら見えるが、文学を、映画を、スポーツを、酒を、さりげなく教えたのは紛う方なく父親であり、また死に際して発見された俳句には常に息子の動向を気にかける父親の眼差しがある。数少ない父親の文章が沢木そっくりであるくだりには読んでいて鳥肌が立つほどで、“親子の不思議”を感じずにはいられない。
「無名」の父のDNAは確実に息子に受け継がれている。父の死によって、そのことをあらためて知る。うらやましい親子の関係がここにはある。
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