本書は表紙にあるとおり、19世紀の帝政末期のロシアの、とある順礼者の物語である。
キリスト教云々に関係なく普通に物語として楽しめた。
順礼者の話なので血沸き肉踊る冒険譚などではなく、ひとりの順礼者が聖書の聖句「絶えず祈りなさい」を実践すべく順礼を続ける物語である。
司祭や修道者、軍人等、色々な人に順礼の途中で出会っていくのであるが、日本人はロシアと言われると、共産革命以後のイメージが強いので、ロシア人=ロシア正教徒と言われた帝政ロシア時代の雰囲気が感じられて面白い。
雰囲気を味わいたいだけなら、硬い歴史書を読むより余程、その雰囲気に浸れると思う。
ちなみに、この本で散々出てくる「修得の実践」なる本であるが、本書のはじめにイエスの祈りと合わせて東方正教徒の秘伝であるかのように書かれているが、これは事実とは違う。
ここで「修得の実践」と呼ばれる本は、通常、正教会の世界では「フィロカリア」と呼ばれる本である。
これは東方正教徒なら知らない人は無いと言っても良いくらい重要視される本である。
どの位、重要視されるかというと、ある日本人大学教授がロシアにキリスト教に関する公演に行った際、初め、ロシアの方々からの扱いは、ほとんど無視状態だったそうである。
ところが、その教授が日本語に「フィロカリア」を翻訳している話をして、日本語訳本を見せたところ、その本を大変丁寧に取り扱い、日本で言うなら「どうぞ上座へ」くらいの態度の豹変が起きたそうだ。
殆ど聖書に並び立つくらいの取り扱いを受ける本なので、秘伝でもなんでもない。
あまりにも、この本が物語りの中で重視されることを奇妙に思った方は、上述の大学教授の
経験を知ってもらえれば納得が行くことと思う。
ちなみにこの「フィロカリア」の日本語訳であるが、アマゾンでも翻訳本の分冊の一部分なら検索すれば出てくる。
ちなみに、まだ全訳はなっていないが、鋭意翻訳中のようなので、興味を引かれた方は本屋に注文して買うことが可能だ。