阿久悠は2007年に亡くなったが、2011年に自宅で未刊行の原稿が見つかった。1993年に書かれたものだが、編集者に改稿を求められ、返却させたもの。それが本書である。
淡路島で駐在所勤務の一巡査であった父をモデルにしたものだが、明治生まれの堅物の男がいかにして終戦を迎えたかが物語のピークである。8月15日夜、まわりが腹を切るのではないかと心配するなか、父はとつぜん俳句をつくろうと言い出す。「松虫の 腹切れと鳴く声にくし」「この子らの案内(あない)頼むぞ 夏蛍」、これが父の句である。
翌年、サーベルが警棒になる。サーベルは精神の拠り所のようなものだが、警棒は武器であり、撲る道具である、と父は憮然とする。「これで、撲れちゆうんか」。
登場人物は個性あふれ、挿話に事欠かない。とりわけ元同僚の鶴田、九州の叔父、隣家の主婦、もちろん父武吉、母きく乃、兄姉妹……。
久世光彦が健在であれが、当然のごとくドラマ化しただろう。黒柳徹子のナレーションに、田中裕子、小林薫、加藤治子……。そういえば久世は「戦争に敗れ、世の中がどう変わったのかうまく納得できないまま亡くなった父」を書くために実父の資料を集めていたという(久世朋子『テコちゃんの時間──久世光彦との日々』)。
武骨で不器用な父を思いだしながら、この埋もれていた傑作を読んだ。