真保裕一の本領発揮といったところだろう。登山の描写となると実にうまい。
例えば、「黒部の羆」では、冬山に関わる人々の山にかける熱き思いを描き出している。山は時に高揚感や達成感を与えてくれる。しかし同時に、少しでも気を抜けばその牙をむき、襲いかかってくる。そんな山の怖さと魅力がこの小説からは伝わってくる。そして彼らは山の素晴らしさを後輩たちに語り継いでいくのだ。山を愛する者たちの営みは続く。
「雪の慰霊碑」は、息子を山で亡くしたある男が、その現場である山に登る話である。山で一人、死んだ息子と対話する男。このような設定では、まさに真保流の文体がぴったりくる。
「灰色の北壁」では、ヒマラヤ山脈のスール・ベーラという山の北壁に挑む登山家を描いている。ミステリーの要素が加えられている。読みながら考えた。人が山に登るのに、理由がいるのか、と。もちろん、大義名分を持って登れば賞賛されるかもしれないが、どんな登山であれ、登りきったと言う事実、そして生きて戻ってきたと言う事実がすべてを物語っている。それで十分だと思うのだ。個人的な対抗心であろうと、金儲けのためであろうと、一向に構わない。有名な登山家、ジョージ・マロリーも言っている。なぜ山に登るのか?―「そこに山があるからだ」
しかし、事はそう簡単ではない。ある登山家の成功が、もう一人の登山家の失敗を証明してしまうのだ。真相を明らかにしても、誰も得をする人間はいない。時にどうしようもない現実が、人生には待ち構えている。それでも登場人物は、彼らなりの理由を抱えながら、ある登山家の名誉のために、北壁に挑んでいく。新田次郎文学賞を取るに値する、読みごたえのあるミステリーである。