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第一部は、今日なら絶滅危惧種に指定されるべき「自己犠牲」と「与え続け」る人=ラムジー夫人が、それぞれ滑稽なほど癖の強い大家族と客人たちを、ひとつの共同体にまとめ上げる様が、拡大鏡を覗くように描かれる。第二部では、第一部ののどかな一日とは対照的に、10年の歳月が荒々しく矢のように過ぎ、第三部では、10年前、即ち、第一部で描かれた一日の翌日に計画されていた灯台行きの遠足が決行される。その様子を亡き夫人に代わって、こちらも10年越しの絵の完成を期す客人リリーが見ている。
著者は、8人の子の母で良き妻でもある夫人を意識的に評価し、同時に、結婚を選ばず、初志を貫くリリーを肯定する。その他の登場人物もかなり個性的なのに、不思議な程身近な人に似て見える。”実験的”とされつつも、するりと小説世界に入り込める所以だろう。大河に押し流される感覚ではなく、雪解け水の小川を裸足で渡る感覚の小説である。
この多分に女性的な空間を男性が翻訳することに、大きな関心を持って読んだ。御輿訳の登場人物は現代的で庶民的である。また、同氏訳は骨太で、複雑かつあいまいな感情を、平明で具体的な言葉にすることに長けている。一方、ラムジー(ラムゼイ)夫人の魅力とジェイムズやリリーの感受性の強さが際立ち、所謂”意識の流れ”にかかわる文章のリズム感に秀でるのは、先行の伊吹訳だろう。両訳読み比べてみることをおすすめしたい。
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