『黎明編』『ヤマト編』『鳳凰編』から、平安時代末期に舞台は移動します。
平氏が栄華を極める時代。僅か30年で田舎侍から天上人に登り詰めた平清盛。
彼にとって唯一の不安は老いです。
永遠の命を与える「火焔鳥」の噂を耳にし、当時の中国王朝、宋より取り寄せる決意をします。
清盛と対峙するように、木こりで侍に家と家族を奪われた弁太が登場します。
無類の怪力で、お人よし。許嫁(いいなずけ)のおぶうを探して京の町をさまよっています。
彼と出会った名僧明雲は、彼をモデルにした弁慶の物語を構想します。
『平家物語』を下敷きにして、『火の鳥』が描かれているのですが、凄いという一言です。
大胆に歴史に創作を加える手法は、『アドルフに告ぐ』や『陽だまりの樹』などでも使われています。
権力者は、権力を永遠にするために永遠の命を求めます。
この永遠の命と、仏教の輪廻転生が対比されているように思えました。
永遠の命とは、輪廻転生である、ように思えるのです。
我々は、時間が来れば死にますが、我々を作っている分子は、またどこかで何かの分子を構成します。
地球に棲むすべてのものは地球がある限り永遠に生きている、と言えるでしょう。
生を感じられる時間、精一杯の喜びと感謝を抱いて生きるべきではないか、そんなことを『火の鳥』は語りかけているようです。