手塚治虫のライフ・ワークである「火の鳥」の、最初の記憶は小学生の頃に遡る。祖父が図案家で自宅に弟子をとっていて、その一人が置いて行ったか、あるいは夏休みで帰省している間に、遊びに来ていた私が手にしたのはたぶん、「黎明篇」であったと記憶する。圧倒的なドラマを強く刻印され、いくつものシーンを私は二度と忘れ得なかった。次は高校時代。やはり「黎明篇」が映画化され、尾美としのりと若山富三郎とが主役で、初めての実写・アニメ合成映画として話題になった。私は映画を見に行き、サントラ版レコードを買った。「マンガ少年」版で全巻を揃えたかったが、受験が済んでから、と思い直して勉強に励んだ。受験が終わったとき、ちょうど書店からは本が引き上げられ始めており、当時入手できたすべてを急いで揃えたのであった。その後追加が出て、本書がどうやら最終巻となった。その後落ち穂拾いがあったかどうかはともかく、私の「火の鳥」収集は本巻で終わる。30代も後半になっていた。当時私は、手塚のドラマの「しんどさ」に娯楽として付き合いきれない思いを持ち始めており、長年放置。入手から10年以上を経て、ようやく全巻読了に至った。
最初期の作品であり、物語としてはのちの大河ドラマのプロトタイプである。エジプト篇、ギリシア篇、ローマ篇に、黎明篇の原型を収録。まだまだ甘い設定であり、ドラマとしての構成も習作の域を出ない。しかし、ていねいな絵、ディズニー映画の影響が濃い手法から、紛れもない手塚の技術の核心を感じる。そして私が手塚を避ける原因となった「ドラマの重さ」はここにも感じられる。彼の作劇法は確かに時代を超越していた。しかし、なぜこんなにも、皆が思い詰めて、命がけで、ぎりぎりの生を生きているのだろう。あまりに濃厚なケーキを食べるように、それは心にもたれる。体力がなければ読めないまんが家だ、とつくづく思う。