『漱石先生ぞな、もし』と『漱石先生ぞな、もし. 続』を読んだのはもう15年以上も前になるが、その続々編と著者も本書の「後口上」で語っていたが、読みたいと思いながら何年も過ぎてしまっていたが遅まきながら読んでみました。
なんせ、氏の奥方様が、かの偉大な漱石先生の孫であり、義母様が漱石先生の長女の筆子様であり、また岳父が小説家の松岡譲氏なのだから、漱石探偵家としてこの上ない環境に居られる氏だからこそ描ける義祖父である漱石像を面白く読ませてもらいました。
漱石の世界観や日本を俯瞰する慧眼に瞠目しながら、氏は漱石という憧れの人を探偵することが楽しくてたまらないのが、軽妙洒脱な語り口から本書を読んでいるすべての読者に伝わってくるでしょう。
漱石を語る時によく取り上げられる話だが、日露戦争後に漱石が書いた『三四郎』の冒頭で、三四郎が東海道を走る汽車の中で居合わせたある男から話しかけられ、「いくら日本は日露戦争に勝って、一等国になってもだめですね」と言う。その男は車窓に見える富士山を指して「あれが日本一の名物だ あれほど、ほかに自慢するものは何もない。ところが富士山は天然だ。自然に昔からあったものなんだから仕方がない。われわれがこしらえたものじゃない。」と言う。三四郎が、「しかし、これからは日本も段々、発展するでしょう」と言うと,その男は「亡びるね」と言った。(汽車で出会った男は、この小説に登場する広田先生ですが、「亡びるね」という言葉が漱石先生の言葉であったのは間違いないだろう)
2012年1月6日の朝日新聞に掲載されたインタビューで作家、半藤一利氏は「政治が劣化するのは国民が劣化しているからだ」と厳しく断じたうえで、「国民のレベルが上がれば上がる」と語っている。
と、毎日新聞(2012年2月8日)夕刊紙上の「熱血!与良政談」で与良正男氏が書いていたのを読んでしまった。
こんな話はさておき、本書には鈴木大拙との逸話など、今まで知らなかった話も多く取り上げていたから本当に面白く読み終わりました。