「これじゃ漱石におかま趣味があったと思われるじゃないか、朝日に電話したほうがいいぞ」
という著者の夫君半藤一利氏の衝撃的?なセリフで始まる表題作はじめ、
漱石の孫である著者でなければ書けない新事実が次々に登場するエッセイ集。
「まぼろしの漱石文学館」では寺田寅彦、小宮豊隆など漱石の高弟と呼ばれる人たちの
優柔不断ぶりが実に辛辣に描かれ(どうして漱石の文学館がないの?というファンの疑問に
こたえる内容です)、鏡子夫人の豪快かつ伝法ともいえる人柄をよく伝える逸話
(漱石の没後、印税で豪邸を新築)、鏡子夫人の妹二人がどちらも当時の大金持ちに
嫁いでいた(『それから』『明暗』に登場する上流社会の描写はここから?)など
今まであまり知られなかったエピソードが目白押しです。
テレビドラマ『夏目家の食卓』に登場する漱石や鏡子夫人の
ふるまいに心底当惑したり(やっぱりテレビをうのみに
しちゃいけませんね)、漱石に関する大新聞の記事に異議を唱えたり、と
漱石の孫として正しい漱石の姿を後世に伝えたい、という著者の思いが
淡々とした文章からにじみ出ています。
特に印象的なのは、「漱石山脈」とも呼ばれた弟子たちの筆頭格、
寺田寅彦や小宮豊隆に対する著者の厳しい視線です。
晩年の漱石は古い弟子たちに失望し、若い弟子の芥川龍之介を
高く評価していたことを、以前別の著者の本で読みましたが、
その記述を裏づける本作には、歯に衣着せぬ率直さに少々とまどいつつも、
おおいに納得させられました。