中世ヨーロッパでは、共通語はラテン語でした。同じように、東アジアでは、漢文が共通の書き言葉だったそうです。日本と朝鮮の通信使とは、互いに漢文を書いて相手と筆談し、意思を疎通しあった。またヴェトナムと朝鮮の外交使は、北京で会う際に、互いに漢詩を贈っていたそうです。中国の周辺国は、自国の言語は維持。漢文は正式の書き言葉や漢詩の作成用に輸入。進んだ文化が書かれている漢文は、中国語として読まずに、各国語毎に、自国語に引き寄せて読解する読み方があったようです。日本では、漢文に訓点を付けて、日本語の語順に直し、日本語の助詞を補い、日本語通りに読み下す読み方が、行なわれました。
本書は、日本で独自に作られたと思われてきたその訓読、訓点を、一国史観から解き放ち、東アジアの中で、漢字を使っていた中国の周りの国々(新羅、ヴェトナム、契丹、ウイグル、現代中国など)を調査。訓読は日本独自ではなく、それ以前に朝鮮半島の新羅に見出される。更に、訓点の大本は、中国が、梵語の仏教書を翻訳する際には、訓読みと同じような訳し方をしている点にあると考えられる。日本の訓読みの先行者として、新羅、中国があると、著者は、指摘しています。
日本で行なわれていた、博士家毎に違うような様々な訓読み法を丁寧に解説。他の言語での訓読みの具体的な付け方も、判りやすく述べられています。また訓読みの具体的な読み方にとどまらずに、その文化的な背景、影響なども述べられていて、訓読みから広い文化的な視野が広がっています。訓読みの東南アジアでの広がりを確認できます。また漢字の受容の仕方が、各国毎に異なっていたことが改めて良く判ります。強い高度の文化外圧をどう受容するか。その仕方で受容する側の文化の特質が分かってきそうな点に、興味が湧きました。