文字学の白川静氏が、金石文・甲骨文の解読から得た知見を傾けて上下巻併せ千四百六十字に渉る漢字について解説を付した著書の上巻。全十二章のうち六章分を収録。上巻全体では古代社会を支えた信仰や呪術にまつわる漢字を読み解いていく。
文字原始、融即の原理、神話と背景、異神の恐れ、戦争について、原始宗教とそれぞれ銘打たれた各章での記述は、読み始めると実に読みにくい。通常の書物で貫かれている筆者の論旨のコントロールが効いておらず、個別の漢字についての起原を表す記述が一通り済んだ後には意味的に近接する漢字の記述が続き、何事か一般化し法則化する手があまり入っていない。正直、読み進めるのに手を焼いた。
そのことは著者が下巻の解説で言及していたのを上巻通読後に見たが、この著書は漢和辞典を散文化して注釈を付したものとして接するといいようだ。読んでいくうちに、南方熊楠の「十二支考」の文体を思い出したりもして、読むのにてこずりながらも散文の一つの型を味わうことの出来た気もする。
内容としては岩波文庫の「漢字」と同じ方向性だが、こちらのほうがよっぽど扱っている漢字数が多いので、下巻についている索引を使って事典的に使うのもいいかもしれない。著者は、「字統」との併用をすすめている。
こうした学的探求は扱う対象の内容の確かさを仮設的に信頼してから進めるもので、その探求によって何が得られるのか、どんな世界観を想起できるかという観点でみていくとここでの収穫は思いのほか豊かなのだと思う。下巻は日常生活に関わる漢字の解説がより多いのだという。楽しみ。