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逍遥、抱月から小山内薫、土方与志、岸田國士といった人物を見ながら演劇が明治、音楽や絵画と異なり国策として学校教育に取り入れられなかったこと、文学などと異なりことは集団で行われるため人間関係、意見の相違などから常に分裂が繰り返されてきたことを指摘する。
ようやく西洋の直輸入が終わろうかというとき戦争が起きた。戦前戦後演劇界は政治にも左右される。しかしやがてこうした束縛から逃れ、自由なことばを手にしてようやく借り物でない、自然な日ごろ我々が交わす様な会話を伴った演劇スタイルが出来てきた。
しかし自由になりはしたがそこから何を表現するのか。時代は常にイデオロギーや流行、環境の変化を受けて混沌とする。著者は最後にそこから新たな演劇スタイルが生まれると予感する。
この著作は歴史の浅いことや人を扱うだけに著者にいつもの歯切れがないが、演劇通史としてまた、演劇の中のことばを構築する難しさを知ることが出来る。
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