サブタイトルの
「3.11大地震・福島原発事故で見えた
“誰も責任を取らない国”の実相」
という部分に惹かれて、この本を手に取った。
原発事故後、もう少し経てば
「犯人探し」が始まるだろうと思っていた。
特に団塊世代が互いに潰し合う構造を考えていた。
しかし、一向にその気配はなく、
菅が退き、東電の責任も闇雲になった。
果たしてこれでいいのだろうか。
この本は日本人が“責任”という言葉を
思い起こす契機となる内容である。
結局、東電という組織体も政界も
カネと利権にまみれただけだったのだ。
それだけではない。
原発ジプシーと呼ばれる人も
原発村で暮してきた人も、
カネという魔物に取りつかれただけだったのだ。
そこで誰が責任を取るというのだろうか。
実名で書かれているこの本は、
誰もが責任を負うものであり、
誰も責任を負えないという日本の構造が
見事に描かれている。
唯一の救いは、日本人の心に
「美意識」が残っていることだ。
それを取り戻すまで、日本は漂流し続けるのだろうか。
未来の子どもたちに、我々は堂々とこの国を誇れるのか。
この本が、一つの救いになれば。
そんな余韻が読後に残った。