彼女の描く世界はリアルな日常に潜む『痛さ』を切実に訴えかけてくる。本書には9編の短編がおさめられているが、そのすべてが少女を主人公に据えている。彼女たちはみんな作者オリンジャーの分身だ。読めばわかるが、それぞれの短編すべてに共通するキーワードがあるのだ。それらがみんな作者の経験や体験から反映されているのだと推測するのにさして時間はかからない。ユダヤ人として疎外感に満ちた幼少期をおくり、宗教という大きな壁に何度も頭をぶつけてしまう少女たち。自分と他者との距離が大きく隔たれていることへの困惑。日常の中に潜む小さな悪意。9編中特に印象深いのは「イザベル・フィッシュ」。兄の恋人とドライブ中に事故に遭い、自分だけが助かってしまった少女。恋人を失ってしまった兄は、妹のことを決して許さない。兄と妹の確執。執拗な糾弾。この話は、とても痛かった。心がギュウっと押し潰された。ラストで少し救われるが、なんとも息苦しい作品だった。「母の恋人」も、とても痛い。ガンに侵された母が昔の恋人と会う。お互いの家族同士でディズニーランドに行くことになったのだ。母の姿を見つめる娘。病魔をおしてかつての恋人に会おうとする母の必死な
思いに反して、娘が目撃することになったあまりにも痛々しい結末。なんともやりきれない。でも、これが人生の真実なのだろう。その他の作品も多かれ少なかれそういった厳しい現実にさらされる少女たちが主人公となっている。それでいて不思議と重苦しい雰囲気にならないのは、作者の幕の引き方がゆるやかだからだ。この作者、買いである。