元木泰雄教授の「平清盛の闘い 幻の中世国家」の次は悲劇の源義経だ。期待を裏切らない素晴らしい著作だ。「平家物語」の影響から、清盛も頼朝も義経もある一定のイメージがあるが、本書では平家物語、吾妻鏡、玉葉、尊卑文脈、その他の文献から著者の持論や解釈が興味深い。かなり詳細に綿密に記されるから、要点を纏めながら読み進める方が良い。義経のポイントは、壇ノ浦合戦に至る範頼・義経の関係と、何故に義経はここまで頼朝に追い詰められたかだ。平重盛・宗盛兄弟の対比同様に、「平家物語」は有能な義経・無能な範頼を強調する。範頼は平氏相手に長期戦を展開し停滞したが、そこには頼朝から「急がざるやうに閑(しずか)に沙汰し候へし」と性急な決戦を回避と平氏包囲の命令があった。しかも東国武士には恩賞の機会が最重要だ。一方で義経は平氏を迅速に滅ぼすが、(1)頼朝の意図や情勢変化を無視、(2)安徳天皇や時子を救えず宝剣奪回失敗、(3)東国武士の勲功機会を奪う、(4)帰京し後白河の御厩司に就任、(5)平氏の地位を継承、(6)頼朝が警戒する平泉藤原氏とも連携と、義経はKYからこれだけやってしまった。特に重要なことは、東国武士の主従関係は極めて打算的で双務契約的だから、軍事行動には常に恩賞=敵から奪う所領の用意が必要だ。功名心と国家安定・戦乱早期終結第一の義経は、結果的に武士の恩賞の機会を奪い、東国武士の不満は幕府組織を動揺させ、頼朝を困惑させる。更に義経の京での強大化は、嫡男頼家を擁立する頼朝は幕府分裂を恐れた。尚且つ義経没落で最大の利益を得るのは北条氏だ。北条時政は次代の将軍外戚を決定付け、義経の地位を奪い武蔵に勢力拡大の機会を得る。時政の義経に対する敵意、時政の頼朝への働きかけ等々は常にあり、頼朝最後の妥協案「義経の鎌倉召還」も義経に拒否されては万事休す。義経の郎党20余人は討死、義経31歳、室(河越重頼の娘)22歳と娘4歳も仇敵の保護を拒み義経に殉じた。壇ノ浦の時子の最期を彷彿とさせる。義経が栄光の頂点を極めてから僅か4年後だった。