と言っていいくらいだと思います。
こういった現代語訳について、原文と違って文が流麗でないとか作者の恣意による加除があるといった難点を挙げる向きもあります。が、私はそうは思いません。
なんと言っても、原文は、それこそ千年前の言葉、えらい学者が大昔から研究を重ねているものであり、大長編を楽しむには相当きついものがあります。いくら良く古文を知っていてもやはり何らかの形で現代語訳も触れておきたいものです。
また、原文は、「語り」の時代の言わば「書き物」であり、現代の人が読むような「小説」ではないのです。また、さらに「原文」は、特定の人を思い描けるような状態で書かれたとも目され、それが分からないとあまり面白くないのではとも思います。原文だけを読んでも、なにかあらすじを読んでいるような、散漫な印象を受けるのはこれが原因かとも思います。今、万人が楽しんで読むなら「小説」として形の整っているものが良いと思います。少しくらいの加除は必要です。
とは言っても、品のある文、出来るだけ正確なものとなるといろいろあって迷うもの。いろいろ試した(出費もかさみました)、私から言うと。
谷崎は、文は流麗だけれど、主語が無く、ある意味、原文と同じくらいきつい。
与謝野は、定番とは言うものの、大正前、戦時下に原案があった点もあり、「陛下」とか言う言葉が今ではあまり使われない場面で出てきたりして正直がっくりでした。
円地は作りこみが過ぎるので有名。
おせいさんも同じ、大幅な順序の入れ違えがあったりして、やりすぎではとも思います。
玉上訳もいいのですが、30年前の研究で、一文一文も長く、ちょっときつい点があります。
で、この瀬戸内さんのものですが、文もきれいで、読みやすい適度な長さにされています。この大長編、読みやすいというのは本当に大事な点です。
訳も私が知る限りでは、正確と言い切っていいのではと思います。「性愛描写」云々との意見もありますが、巻末の注釈にあるだけであり、本文にはそのような表現は無く、原文どおりです。そこはかな美しさ、争い合う人間の醜さ力強さも原文のままと言う感じで、余程読み込んでいる人ならではの訳と思います。
相関図、難しい言葉の注釈もあり、それも意外に(失礼)結構最新の研究だったりもします。
千年紀と盛り上がっているなか、一度お手に取ってみては、と思います。