大塚ひかりは、『カラダで感じる源氏物語』『源氏の男はみんなサイテー』など、面白い本で知られる。いかにも今風の口調で訳されており、パラグラフの合間に付けられた背景解説で、その場面のエロさ、性交の有無などを親切に教えている。だが訳文そのものは、たとえば谷崎潤一郎訳のようなエロスの香にやや乏しい。一例として、「賢木」巻の、源氏が藤壺中宮に迫る有名な緊迫シーンを比べてみよう。「[藤壺の]さまことにいみじふねびまさり給ひけるかなと、類なくおぼえ給ふに、[源氏は]心まどひして、やをら御帳の内にかかづらひ寄りて、御衣の裾を引きならし給ふ。気配しるく、さと匂ひたるに、あさましうむくつけう思されて、やがてひれ臥し給へり。見だに向き給へかしと心やましうつらくて、引き寄せ給へるに、御衣をすべし置きてゐざり退き給ふに、心にもあらず、御髪のとり添へられたりければ、いと心うすく・・・」(原文) 「今ではこの宮の方がずうっと女盛りになっていらっしゃることよと、世に類なくお感じになりますと、ついふらふらとお迷いになって、やおら御帳台の内を伝うてお入りになって、御衣の褄を引き動かされます。(中略、宮は)御衣をするりと脱ぎ捨てておいて、いざりながらお逃げになりましたが、思いも寄らずお髪が御衣にまとわりついて男君の手に取られましたので、何とも心憂く・・・」(谷崎訳) 「この宮のほうが格別で、物凄くお綺麗になったものだと、類なく感じているうちに、前後の見境を見失って、そっと、御帳にまとわれながら入りこんで、御衣の褄を引き鳴らします。(中略)宮はお召し物をすべるように脱いで、にじり退きますが、思いがけず、御髪も一緒に君の手に握られていたので、実に情けなくて・・・」(大塚訳p521)