本書は戸田芳実の弟子である1958年生まれの日本中世史研究者が、1996年に刊行した本を2010年に手直しして文庫化したものである。『平家物語』が源平棟梁交替史、平氏一門の必然的な滅亡史として描く治承・寿永内乱は、実際には地域社会の利害と深く関わる未曽有の規模の全国的内乱であった。武士はもともと王朝国家により治安維持のために動員される、職業的な弓射騎兵戦士(芸能者)を指す呼称であったが、この内乱では戦闘員は彼らのみにとどまらず村落領主クラスにまで拡大され、その結果戦闘様式は大きく変化した(馳射の衰退、「城郭」攻防戦など)。この点では源平両軍共に大差は無かった。このような軍事動員の中で形成された鎌倉幕府の御家人制は、頼朝(諸勢力の一つにすぎない)への忠誠心や武芸の点で問題を抱えていた。他方、頼朝が敵方所領を没収し、御家人に給与するという地頭制度の原型は、軍事的要請ゆえにすでに頼朝挙兵直後から見られたが、これは頼朝軍が反乱軍であったからこそ可能であった政策であり、また地域社会における対立抗争と連動していた。平氏滅亡後に頼朝が強引に実行した奥州合戦は、戦時から平時への移行を見越して、こうした内乱期御家人制を清算し、改めて頼朝の下に再編する目的で、全国の武士層を一斉に大動員した政治的行動であり、周到な準備に基づき祖先頼義の故実=前九年合戦を忠実になぞることにより、自己の貴種性を確立しようとする頼朝の試みであった。こうした地域社会を巻き込む内乱の歴史的所産として幕府権力は成立したのであり、公権移譲論や源平棟梁交替史では説明できないと著者は言う。以上のように、本書は基本的な事実を実証的に確認した上で、社会史の観点から定説に対する根底的な問題提起を行っており、きわめて読み応えのある本である。