2011/03/11の東日本大震災の発生以来、繰り返しこのアルバムを聞いています。もちろん、今回の大震災をさかのぼる15年前、阪神淡路大震災の現場から生まれた『満月の夕べ』を聞くためですが、それだけではありません。彼らの歌声を聞くことで、私自身がこれからの時代を生きていく力と勇気とを得たいからです。
未曾有の大災害に、「歌舞音曲は不謹慎だ。」という意見もあるそうですが、古来、人々は苦しい時、辛い時ほど、苦しい、辛いからこそ、歌を唄い、声を出すことで困難を乗り越えてきました。生きる力を振り絞ってきました。歌とは本来そういうもので、このアルバムに収められた彼らの曲にはどれも、そうした歌本来の力が充ちています。「鎮魂」ではなく、むしろ衰えかけた魂の力を再び奮い起こすための「魂振り(たまふり)」の歌。彼らの歌は、その時々の気分で取り替えられるアクセサリーのようなものではなく、自分自身を飾り立てるためのファッションなどでもないのです。
何より、阪神淡路大震災後の焼け野原に立って、真っ暗な焼け跡のどこからか聞こえてくる人々の歌声を聞いた時に、誰よりもソウル・フラワー・ユニオン(モノノケ・サミット)のメンバーたち自身が、その本来の“歌の力”を感じたことでしょう。音楽も文学も、人々の感情までが資本主義経済を流通する“商品”として消費されようとする今の時代にあって、かろうじて彼らのようなバンドが、歌本来の力を見せてくれていることを、私は幸運に思います。
本物の歌の力の前では、ロックだのパンクだの演歌だの民謡だの、そんな音楽のジャンル分けには意味がありません。優れた歌はいずれも、古の巫覡(ふげき・シャーマン)の俳優(わざおぎ)に通じているからです。このアルバムに収められた彼らの歌を聞けば、そのことが良く分かると思います。