このアルバムは、いわゆるメジャー・デビューを飾る作品で、聴いてみればなるほど、いろいろな好みのひとに耳をかたむけてもらえそうな楽曲にあふれている。キャッチーな導入。親しみやすさ。意外性。などなど。そういう意味では、いままでの湯川さんのアルバムのなかでいちばん商売気があると言ってもいい。つまり編曲家がとてもいい仕事をしていることだ。
しかし、編曲者のそんな仕事ぶりに敬服すると同時に、べつの感慨がある。そんな商業音楽の、きらびやかな衣装を着せられているときでさえ、湯川さんという歌手のやっていることが本質的に変わっていないことに驚かされるのだ。これは編曲者が適切に、彼女の資質に合った仕事をしているということだけではなくて、そんな音づくりの作業のなかで、湯川さん自身がつねに同じ姿勢で歌に向き合っていることの顕われであるように思える。
まるで彼女は、ソロのような自由さで歌をうたう。彼女をあたたかくサポートする優れた演奏家たちも、百戦錬磨の編曲家も、みな彼女の存在の周りを、まるで、ただすりぬけていくようだ。
彼女はいつも独りだ。自分の声だけをたよりに歩いていく。
ひとつひとつの声を、ひらがなの一字一字ずつ確かめながら歩いていくようなボーカル。それ以外のことを、まるで見ていないかのような徹底ぶりが、彼女の強さなのかもしれない。
ぜんまいのように身を曲げたり、綿毛のようにふるえたり、アメンボのようにすべってゆく。
風をふくんで舞い上がったり、雨つぶを受けてひろがったり。
湯川さんの声は、どんな音の衣装を着せられても、揺るがないし、変わらない。その誠実さが、ひとのこころに確実に届くのだろうと思う。いい歌手と同時代にいて、おもいがけず出会った幸福。