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渤海国興亡史 (歴史文化ライブラリー) 単行本 – 2000/10


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商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

698年に大祚栄が、靺鞨人と高句麗遺民を率いて高句麗の故地に建国、926年契丹に滅ぼされた渤海国。謎の多い230年の変遷を「民族史」に捉われることなく、渤海人を主人公に個性的な歴史を蘇らせた初の興亡史。

内容(「MARC」データベースより)

698年に大祚栄が、靺鞨人と高句麗遺民を率いて高句麗の故地に建国、926年契丹に滅ぼされた渤海国。謎の多い230年の変遷を「民族史」にとらわれず、渤海人を主人公に個性的な歴史を蘇らせる興亡史。

登録情報

  • 単行本: 225ページ
  • 出版社: 吉川弘文館 (2000/10)
  • ISBN-10: 4642055061
  • ISBN-13: 978-4642055062
  • 発売日: 2000/10
  • 商品パッケージの寸法: 18.8 x 12.8 x 1.8 cm
  • おすすめ度: 5つ星のうち 3.0  レビューをすべて見る (2件のカスタマーレビュー)
  • Amazon ベストセラー商品ランキング: 本 - 908,125位 (本のベストセラーを見る)
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6 人中、5人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 投稿者 佳少爺 投稿日 2006/3/18
形式: 単行本
 7世紀末から10世紀前半までの二百数十年間、今の中国東北地方から朝鮮半島北部にかけては、「海東盛国」と称された渤海国が支配するところでした。この国、「首領」と呼ばれる在地豪族層を政治的統合の基礎とする特殊な統治構造をもっていたようですが、民族的出自が必ずしもハッキリしないほか、社会的・文化的な状況も未だ十分には解明されておらず、謎のベールに包まれた不思議な存在です。

 本書は、中国・日本・朝鮮に伝わる史料をもとに、渤海国の誕生から解体に至るまでの歩みをコンパクトに整理したものです。著者は、渤海を「唐の模倣や衛星国と見るのではなく、また、日本との外交に重きをおくのでもなく」、個性的な存在として捉えるよう努めたとしていますが、やはり内容的には、唐朝の冊封体制の中における位置付けや遣使・貿易の状況など、対外関係が大きなウェイトを占めています。史料の関係上、致し方のないことなのでしょうか。

 遣使や貿易の際に如何なる物品・書状の交換がなされたか、大使以下の官職は何であったか、などの事実関係の整理に相当の紙幅が割かれており、些か小うるさい感じがします。渤海国に関する一般向けの書物は珍しいので、読んで面白いか否かはともかく、この国に興味を持つ向きには貴重な一冊と言えるかも知れません。
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1 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 投稿者 河童の川流れ 投稿日 2012/4/23
形式: 単行本
渤海は、満洲から朝鮮半島北部、現ロシアの沿海地方にかけて200年(698年〜926年)以上もの長い年月の存在した国家だったが、最後は契丹によって滅ぼされた。新羅との軋轢から日本との親善を尽くすため歴代の王が遣日本使を、日本へ遣わすことに腐心したようである。
その回数は、記録にあるものだけでも多く、あまりにも頻繁に渤海からの遣日本使の来訪の対応に苦慮した日本側も、一紀(12年)に一度と決めたのである。
渤海は、大祚栄により建国された当時から唐から「海東の盛国」と呼ばれながらも、国内外の力関係を重視すればこそ、毎年のように遣唐使を唐に送り込み、王権の代が引き継がれる毎に唐から冊封を受けていた。
日本に於いては、渤海を高句麗を継承した国だとの姿勢を崩さず、朝貢形式の外交を強要したことから両国の関係は長年良好と言える状態ではなかったが、王権も代わり度重なる遣日本使の来日により友好も深まって行った。
唐の時代は、日本からの遣唐使も多く円仁なども帰国の折に、渤海の支援のもとで帰国できたことは、以前読んだ、エドウィン・O・ライシャワー著『円仁唐代中国への旅 』で知っていたが、渤海という国が交易などで隆盛な時代だったことも本書を読んで詳しく知ることが出来た。
滅亡した国の歴史は資料も少なく本書では、渤海からの遣唐使や遣日本使の資料を基にして渤海初
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