長崎市に住んでいたころだった。著名な観光名所のひとつ、眼鏡橋(国の重要文化財)のたもとで、かなり年配の方が、ラジカセを持ち込み、女性の歌声を大音量で再生していた。誰も注意しない。警官も苦笑いしているだけで、黙認している。
「誰の歌?」私が問うと、その人はこたえる。
「渡辺はま子」
「この曲は?」
「雨のオランダ坂」
長崎にぴったり。それから30分以上、その場を離れず、その人の路上「渡辺はま子」歌謡ショーにつきあい、最後は、「俺、もうじき交代やから、そろそろ、やめとかんね」と、警官が、その人を諭して、終了するまで、聴き入っていた。僕と同じように聴いていた人は10人はいたと思う。
それが、渡辺はま子さんの歌との出会いだ。
「アデュー上海 」「蘇州夜曲」「風は海から」。あの時代とともに迫る彼女の歌唱は、きっと誰も再現できないだろう。戦後の著名なヒット曲「ああモンテンルパの夜は更けて」の収録がないものの、彼女の歌唱の魅力を伝える全盛期録音が多数採録されている。