私が読んでいていい気がしなかったのは「一店の主になれば、嫌な客相手には酒を少なく注ぐこともできる」と公言している一節。
その「嫌な客」に選ばれるのは無論嫌だし、選ばれず「好きな客」と認められたとしても、そういう依怙贔屓を目の当たりにしたら淋しい気分になるだろうな、と感じた。
自分の嫌な物は排除して、自分の好きな物で周りを固める。「自然体」を常に意識し、我慢をしない。それは一見「生き易そう」だが、実は、堅牢な哲学を構築して、それにそぐうもの・そぐわないものをいちいち線引きしながら生きていくわけで、なんかすごく疲れそう。実際ここのレビューにもすでに「敵」が生まれているし。(「ダウンシフトする生き方」と、「本を公に出して自説を主張すること」は、多分相容れないだろう)。
同質化は必ずしも居心地良くないものだし、むしろ薄気味悪いこともある。異質なものに対峙して、時に「自分を曲げて」みることも、人生を豊かにする意味で必要なことと私は思う。