この物語のストーリーはじつにシンプルです。核戦争で人類が滅亡する。ただそれだけです。そういうテーマで小説を書けと言われたら、多分大部分の作家は戦争が起きるまでの経緯や、人類滅亡を食い止める為の政治家や科学者の奮闘といった活劇をメインに据えることでしょう。しかし、ここにはそのような盛り上がりは全くありません。核戦争は北半球で起きるのですが、この物語の舞台は南半球のオーストラリアです。オーストラリアの人々から見ると、北半球での核戦争は、ある日突然北半球からの通信や放送が途絶えるというだけのものでしかありません。そして、後は風に乗って放射能が徐々に南半球までやってくるのをただ受け止めるだけです。
こうした構造によってこの物語は、人類滅亡を描いたものにしては信じられないくらい静謐で淡々とした雰囲気に満ちています。しかし、その静謐さが血みどろの戦闘の描写を遥かに超える反戦メッセージとして見事に機能しています。そして、滅亡の日を待つまでの間、極力以前のままの日常生活を営もうとし、来るはずのない「来年」の予定を立てる登場人物たちの姿は全ての読者に感動を与えることでしょう。久々に本を読んで涙が流れました。