『道徳を守るのであれば、利益を求めることはやってはいけないという古い儒教的な考えが蔓延していた中で、渋沢栄一は利益を追求するのは決して間違いではなく、むしろ積極的にやるべきだといい、それこそが国を富ませ、国を強くするもとになる。
ただし利益を求める際に道徳心、倫理観を失ってはいけないと説いた』
井上潤さんが解説文として寄せた内容ですが、さまざまな意味で厳しい現代社会が故の”自分さえ良ければいい”という風潮への警笛にも受け止められるこの本。
渋沢栄一さんが若者たちの為に残された言葉とのことで”仕事らしい仕事を与えてくれないからつまらない”という青年の不平に対して
『不平を訴うる青年があるならば、その青年こそ誠に気の毒な人物で、いわば、人に向かって自己の無能を吹聴しておるのと同じこと(中略)人が与えてくれないというよりも、むしろ自分に仕事を引き付くる能力が無いのではなかろうか。役に立つ青年は、丁度磁石のようなもので、人に頼んで仕事を与えてもらわなくとも、自分で仕事を引き付けるだけの力を持っておる』
とピシャリ。うーん、そうだよなと自問自答してしまう、青年でもないわたし。。。
自分がぶれないためにも、時には”苦いクスリ”が必要だなと手にとり、ガッと読み通して、つくづく、渋沢さんの姿勢に”学ばなければ”と芸の無い言葉ながら素直に感じるこの談話集。
『とにかく、人は誠実に努力黽勉して運命を待つが良い。もしそれで失敗したら、自己の智力が及ばぬためとあきらめ、また成功したら智慧が活用されたとして、成敗に拘わらず天命に安ずるが良い。かくのごとくして、敗れても飽くまで勉強するならば、何時かは再び好運命に際会するの時が来る』
『実業上のことでは、その差別をかくのごとく明白に述べることはできないがなかには不道理のことを行うて富み、正道を踏まずして蓄財した例もある。ゆえに人の成功、失敗を論ずるにあたりて、必ずしも成敗のみをもって、これをいい得るものではない。
もし成敗のみをもって成功失敗を論ずるならば、人は各々その結果にばかり重きを置くようになり、目的を達するには手段を選ばずとの意から、忍んで悪事も行い正義に戻るようなこともできて、終には奪はずんば厭かざるの境地に達するであろう。
果たして、社会の風潮が左様なったら如何であろうか。道義の観念は地を払って去り、野獣性は人の理性を奪略して、社会の安寧秩序はまったく打破せられるるに至るは、けだし火を観るより明らかなる事実である。
かくのごとき結果を生むところのものを、なんで成功と称えることができよう』
日本人が噛み締めるべき言葉が満載の書です。
渋沢栄一という人物を知らない方も、エッセンスが凝縮されているので読んでみて欲しいと思います。是非!!