鴎外作品の中でも一般にはあまり知られていないタイトルであるが、
この作品を鴎外の代表作として第一にあげる文人は意外に多い。
鴎外の文章は簡潔を旨とし、一切の感傷を廃する強靭な文章として有名だが、
作品として通読すると、その文章の後ろ側に、多分に人間的なセンチメント、人生の哀歓を感じさせるものが多く、
この「渋江抽斎」などはその代表とも言える。
文章はまさに一分の隙もない、簡潔強靭そのものの文章で、全くの遊びがない。
それでいて、堅苦しさ・重さは感じさせずに、読み手をぐいぐい引き込んでしまう。
無論、鴎外は人物・出来事・エピソードなどを面白おかしく語る作家ではない。
むしろその逆の印象を持たれている作家なのだが、
この作品の諸所に描かれている人物譚・エピソードの立体感、臨場感、
鴎外の腕はまことに尋常ではない。
「渋江抽斎」の一見、淡々とした叙事的な流れに欠伸を禁じえない読者も多いだろうし、
簡潔さの背後に潜む、情味・哀歓を感じ取れない読者も少なくないと思う。
また、少しでも見慣れない漢語に会うと読む気を殺がれてしまう読者も多いと思う。
好みや、読書力は人それぞれなので仕方がないが、
日本人で、読書好きならば一度は手にとるべき古典的傑作だと思う。