辛亥革命の後、「中華」理念で結ばれた朝貢国が独立する一方で、内蒙古・チベット・新疆など漢民族とアイデンティティーを異にする地域が中国の領域の下に留まることになったのは何故か。清が儒教文化等を統合の紐帯とする「中華帝国」であったならば、そんなことは起きないのではないか。
こうした問題意識の下、筆者は膨大な史料を駆使して清朝による諸民族統治の諸相を丹念に考察し、帝国の統合を支えた理念が何であったか実証的に解明しようとしています。そして筆者は、儒・仏両教の擁護者としての権威やボグド・セチエン・ハンとしての勢威といった断面を超え、それらを包括するような独自の価値システムが清朝の天下を支えていたとしています(その内容については、読んでみてのお楽しみ)。さらに、特に清朝とダライ政権との関係の推移の中で、そうした価値システムが如何に活かされ、また如何に変貌していったかを鮮やかに提示しています。
本書は東洋史の本というよりも寧ろ政治学ないし政治思想史としての性格が強く、イデオロギー的な面への考察が中心になっています。それだけに、経済的・軍事的な視点については些か物足りなさを感じる向きもあるかもしれませんが、大清帝国の性格規定へのアプローチの仕方として新鮮なものを感じます。
率直に言って、簡単なことを無理して難しい問題に設定してしまっているような部分もありますし、筆者の結論に対しても賛否両論あることでしょうが、本研究の野心的な進取の姿勢は壮とすべきものと覚えました。