エッセイ中心に編集されたこの巻には『庶民烈伝』が収録されている。アレ?『庶民烈伝』は小説と思って読んだものだが。けれども、読み返してみると、小説ともエッセイともつかないものであった。だいいち「列伝」ではなく、「烈伝」であるところが、小説的といえば言える作為である。エッセイとも小説ともつかない作品を書く深沢七郎は田中小実昌と似ているのであった。巻頭に収録されている「生態を変える記」に、「私が気がついたことは、勿論悪人たちの集団に入っていることは出来ないのだが、私は善人たちの仲間入りも出来ないのである。どんな善意の集合へも入っていられないのである。私はひとりだけがいいのだ」という言葉がある。これこそ深沢のキイ・ワードだと感じた。
まったく深沢七郎は関節がはずれたようなひとである。こんな人にかなうひとはいない。「滅亡対談」がよく似合うわけである。