普遍的な人情の機微を取り上げることの多い作品だが、雑誌連載中にその時々の事件や世相を少しずつ取り入れたエピソードもちらほら見られるシリーズだ。今回特にそれを強く感じさせるのは、第113夜の「油揚げ」だろう。大震災後の日本で、被災地から遠く離れた東京で生きる人々の思いが、温かい筆致で描かれた好短編だと思う。ここで出てくるのが、油揚げを炙っただけの簡単な肴というのもいい。
他のエピソードでは、やはり男女関係の機微を描く作品が僕の好みではある。女にまめなパチプロの男が初恋の女性に似た女と暮らし始めてツキに見放される「タコぶつ」。年下の男と別れた女が男を待ち続ける「ピーナツと柿の種」。常連客に想いをよせる地味な女のために小寿々が一肌脱ぐ「おから」。初老の男が純情と男気を見せる「オイルサーディン」。逃げた女房を待ち続けた男の気持ちがにじむ「桜でんぶ」。何だかんだで、収録作品の半分ぐらいはその手の話なのだ。特に「おから」は、「深夜食堂」というシリーズが最初から持っていたデイモンド・ラニアンのムードを今回もっとも強く感じさせる作品になっている。