コメディからサスペンスと対極のジャンルにも肌理の細かな面白さを同様に与えることのできた巨匠ビリー・ワイルダー監督のフィルム・ノワールです。
フレッド・マクマレー扮する保険勧誘員ウォルター・ネフの告白から映画は幕を開けますが、この告白が全編を通してそのままナレーションとなり、フラッシュバック形式で事の顛末が語られるあたり、ハードボイルドとしての絶妙な雰囲気がよく出ていて引き込まれます。後の傑作『過去を逃れて』の布石となったような作り方です。それもそのはず、脚本執筆にはハード・ボイルド小説の雄、レイモンド・チャンドラーが名を連ねています。
夫にかけた保険金をめぐってネフを巧みに誑かす悪女フィリスにフィルム・ノワール・アイコンのバーバラ・スタインウィックが扮し、美貌の中に冷酷さをちらつかせる“運命の女”を好演。彼女の専売特許である「人生に疲れた女」はここでも健在で、サスペンスの要としてうまく機能しています。サスペンスを盛り上げたもう一人の功労者はネフの老獪な上司バートン・キースを演じたエドワード・G・ロビンソンの存在でしょう。あろうことか部下のネフとフィリスが実行し隠し通す犯罪にたいして重箱の隅をつつくようなしつこい推理で迫ろうとします。このあたりロビンソンはねっちこい頭脳明晰さを巧みに表現します。また、キースが事件について疑いを持つものの、ネフ本人にはいささかも嫌疑をかけていないところが、“いつ、ばれるのか”といったスリル感を逆に増幅させています。そんなわけで観てるいるほうもはらはらしてしまいます。犯罪者に思わず味方してしまうのが不思議ですが、それほど物語の展開がうまく出来ています。
全体としては抑揚少なく淡々とした進行を見せますが、そこが逆にそこはかとないリアリティを生み出し、犯罪ドラマとして手に汗握る仕上がりとなっている、これはフィルム・ノワールの一つの形を生み出した歴史的名作。