女性が「政治の道具」でしか遇されておらず、一族ぐるみで、明日をも知れぬ、不安定で騒がしい世にあって、彼女は「どんな時でも生き抜き、人を愛して、時代の流れに抗って」精一杯「自分らしく」生涯をまっとうした女性ではないだろうか?と思った。
7歳から始まった不遇な環境の中でも己を見失わず、どこか覚めた目で局面を見据え、選択肢の限られた中でも、激情にかられながらも誇りを失わずに凛としていた人柄が、物語から伺えます。
(だから、「その時」大阪城にいるべきだったのは、妹達(おはつ・小督)ではなく、「茶々」でなければならなかったのか、と妙に納得した感じも持てました。)
歴史上で言われる、「もしも」時代の流れが彼女の頭上にあったら、町人文化はどうなっていただろうか?現代は、どんな世の中になっていただろうか?と、ふと考えた。