本書のタイトルは『消費社会から格差社会へ』。
「まぁ、そうなってますねぇ」という感想なのだが、内容の方も、これといって新鮮味はない。お互い持っている知識をひけらかしているのだが、それ以上深まっていかないのだ。目新しいところといえば、三浦の『アクロス』編集部時代の話ぐらいか。
そもそもこの本、昨今の対談本のご多分にもれず、対談本という体であるにもかかわらず対談になっていないのだ。
三浦は『
「かまやつ女」の時代―女性格差社会の到来』などで露呈したとおり、ジェンダー規範に従順なタイプの女を支持している(好みとしている?)のである。それに対して「肩で風を切って歩くフェミニスト」(古っ!)、上野千鶴子が黙っているはずない、と思われるのだが、どうもそこらへんで真正面からは衝突しない。
三浦は三浦で、本の全編にわたって上野に遠慮がちである。これは上野の年下であるからしかたないのかもしれないが、なによりも上野である。
「エビちゃんOLvsかまやつ女」「ゆとり教育vs近代型教育」など、争点としてキャッチーで盛り上がりそうな話題も出てきているのだが、そのたびに「団塊親―団塊ジュニア」という世代論に逃げ込む。二項対立を悪い意味で「止揚」しているのだ。
三浦と上野が対談する以上、上の二つの争点でもっと意見を戦わせてほしいと思うし、言いたいことがあるならお互い単著を出せばいいのに、と思うのだが、そこにはこの二人を抱き合わせれば、それなりに売れるだろうという目論見もあるのだろう。
なにせ今をときめく『下流社会』の「三浦展」と「上野千鶴子」である。その二人の名前が、表紙に「どどーんっ!」と二つ並べた日にゃ、購買欲をそそらないわけがない。
この本読んで、数年前にビッグな俳優二人をキャスティングした挙句コケた、『ジャッカル』という映画を思い出した。