「百姓は農民でない」と繰り返し主張する網野喜彦先生が90年代(主として後半)に各地で行った講演をまとめた本の文庫化。先生によると百姓を農耕にだけ携わっていたとするのは誤りで、かれらは漁労をはじめ海運、製鉄、紙漉にいたるさまざまな生業で暮らしを立てていた。特に興味深いのは「能登の中世」と題する40頁におよぶ長編で、先生は能登はそっちのけにしてもっぱら東寺にのこる備中(岡山県)・新見荘の史料から荘園経営の実態を読み解いていく。史料から14世紀には現地の地頭代官が東寺に送る年貢は為替決済で、新見荘では鎌倉時代から定期的に市庭(市場)が立っていたことが判る。網野先生は貨幣経済の浸透を示すキーワードに本書のいたるところで都市を用いるが、商品経済化を都市化と等値できるかは検討の余地がある。流通経済に注目し、百姓=農民史観の打破を図った網野先生は2004年に逝去された。本書は小著であり体系的な著述でもなく、先生の数ある本の中でも目立たない一冊だろう。しかしここには先生が後世に残されたヒントが詰まっている。好著が手に入り易いかたちで再刊されたのは企画のヒットだろう。