本書について、帯やレビューの中で作者の過去の作品とのつながりを指摘するものがあるが、大して意味のあることではない。
作者の「町」というテーマ・対象への強い意識、また現実世界とは異なる設定や事象をクロスオーバーさせる手法は、作者の多くの作品に通底するものだから、今更言うには及ばない。
本作品が過去の作品と大きく外形的に違う点は2点で、一つは登場人物や場所が繋がらない短編集であること、もう一つは写真とのコラボレーションであること。そして、この相違は、本作品の描く内容・テーマ自体が、過去の作品からスピンオフしていることとつながってくる。
すなわち、過去の作品においては、「町」という空間・時間・生活する者・物を広く抱える存在を大きく取扱いつつ、その中で、そこに暮らす登場人物を描きこんでいくという共通手法があり、そこに現実世界とは異なる設定や事象を置いていくことで、逆に登場人物の心理が読者に深く伝わってきていた。異世界的な事象はあくまで背景や設定であって、それと現実の対比がテーマではなかった。
しかし、本作品では、そうした異世界的な設定や事象そのものが中心に置かれており、多くの登場人物は狂言回し的な存在でしかない。古典的なショートショートを彷彿とさせる「巣箱」や怪異譚的な「四時八分」はその最たるところである。また、「ペア」や「海に沈んだ町」ではその事象が何を意味するのか(何かの比喩なのか?単なる変事象なのか?)も定かでない。そして、これまでの作品で作者が慎重に回避してきた現実世界とのシンクロが「ニュータウン」では大きな踏み出しとなっているようにも感じられる。浅く読むなら、「ニュータウン」は現実世界の政治・社会への露骨な批判でしかないからだ。
こうした三崎ワールドの中心から、スピンオフ的に個々に切り出された各短編は、写真によって現実世界と異世界との境界をまたぐような存在感を付与され、叙事・叙景から強い存在感を示す仕上がりとなっている。
今回の作者の挑戦を私は5つ☆をもって評価したいが、自分の評価内容が的を射ているのか不安ではある。
こうした叙景を現実の「町」を深く鋭く洞察してきた作者が行なったからこそ、「海に沈んだ町」と「団地船」で起きたことがまさに311で現実に起き、「ニュータウン」の後味の悪い結末がどうしても311の起きた町々と被るように感じられる。
それは外形的に似ているという単純なものではないようにも思う。