戦後日本が生んだ歴史家の中で、その研究の拓いた視野の広がりと他の歴史家や文化一般への影響力の大きさという点で真に偉大な創造的歴史家を、その主著とともに3人挙げるとすると、『中世的世界の形成』の石母田正氏、『日本古代王朝史論序説』の水野祐氏、そして『日本中世の非農業民と天皇』の網野善彦氏の3氏がすぐに頭に浮かぶ。
石母田氏は戦後まもなく、権力者よりも生産者に注目するマルクス主義歴史学の立場からの日本古代中世史研究としては最良の成果を世に問い、水野氏もまた戦後まもなくの時期に、天皇家の起源を問うた、いわゆる「三王朝交替論」によって当時の日本社会に広く衝撃を与えた。網野氏は、石母田氏と同じくマルクス主義歴史学を出発点とし、処女作執筆ののち教条的なマルクス主義史観を自己否定しつつも、生涯生産者としての民衆の世界への関心を持続させ、そこから「非農業民」というそれまで注目されたことのなかった周縁的な人々と天皇の思いがけない結びつきを発見したという点で、戦後日本史学の根底に横たわる二つの根源的問題といえる「マルクス主義史観の有効性」と「天皇制の起源と存続の理由」に対して独自の創造的見解を提出してみせたといえるかもしれない。
本書『海と非農業民 網野善彦の学問的軌跡をたどる』は、その網野善彦氏の「非農業民」発見までの思索のプロセスを、彼が自らの調査研究の主たる足場とした日本常民研究所月島分室のかつての同僚研究者たちが論じています。日本常民研究所という民間機関が網野氏の偉大な発見においていかに重要な役割を果たしたかがよくわかります。日本中を踏査して民衆の生活を記録し続けた常民研のリーダーである民俗学者宮本常一氏の果たした役割の大きさといい、やはり偉大な創造の背景には偉大な先覚者の存在があると思い知らされます。
思い出があります。大学生時代、早稲田で催された網野氏の講演会に、当時さして網野氏の著作に親しんでもいなかったくせに聞きに行き、調子づいて「先生がお話しになった諸事実は封建体制というものにどんな新しい理解をもたらすのですか」と質問したところ、「それは僕が苦手とするところです。よくわからないのです」と実に率直に答えてくださいました。懇親会の帰り、方向が同じだったので電車の車中で二人だけの会話になったとき「なぜ非農業民に注目されたのですか」と聞いてみました。網野氏は「実はね、単なる偶然だったんだよ」とこれまた率直なお答え。別れ際に肩を叩かれ、「がんばりなさい」と激励されたのが忘れがたい思い出です。