私たちは、現代の消費社会というものを何か自然な状態のように思っている。しかし本書が指摘するように、消費社会は歴史を通して創られてきたものだ。本書は、1920年代のアメリカにはじまる消費社会の歴史を振り返り、アメリカ人がどのように、商品を見て、欲しくなり、買うという行動を繰り返すよう動機付けられてきたかを論じていく。
第二次大戦後の20年ほどは、中流階級がお隣さんと張り合って競争的消費をした。しかし、最近は近所の人々はもはや比較対象ではないという。自分の数倍もの高所得を得る人々を準拠集団、すなわち社会的序列の中で自分が所属する、あるいは所属すべき集団として選んでいる。その結果、高水準消費がアメリカの国民的文化になってしまい、ある車種の車を運転し、特定のデザインのブランドものを着て、一定の様式の家に住み、よいワインを注文することが必須になっているのだという。そのため現在のアメリカでは、高水準化する消費への圧力と、そのための長時間労働によって、数え切れない疲れきった人々が生み出され、ついには労働と消費の堂々巡りに本当の価値はないと結論づける人々も現れはじめているそうだ。著者が「ダウンシフター」と呼ぶ彼らは自発的に生活水準を落とし、労働時間を減らすことに価値を見出しているという。
本書は、私達がなぜ要らないものまで欲しがるのかをわかりやすく論じることで、消費社会という蟻地獄から抜け出すよいヒントになっていると思う。