2001年4月に発行された同名書籍の増補新版です。これまで古書でしか入手できなかったわけで、この増補新版は有り難かったです。10ページの分量のコラム「飛行機は空の黒子(ほくろ)」と、11ページ分のコラム「魔法使いの建てた塔」が今回増補されたわけです。
浅草十二階と呼ばれていた凌雲閣は52メートルの高さだったそうで、当然明治一の高い建物として当時評判になっていました。明治23年に建築され、関東大震災で崩れ落ちるまでの33年間、その威容を誇り、多くの絵葉書になりました。また日本初の3畳敷きのエレベーターが2台設置されていたそうで、珍しい存在だったのは間違いありません。
29ページにありますが、浅草の凌雲閣が立つ前年に大阪の茶屋町あたりに40メートルの「凌雲閣」があったことを本書で知り、先日その跡地を訪れてきました。阪急梅田駅の東側のすぐに石碑と解説版があったわけですが、本書を読まないとずっと知らないままだったと思います。この頃、日本で高閣ブームがあったようですね。70ページの見開きには当時、双六になった浅草の凌雲閣が掲載してありました。
凌雲閣のことだけでなく、風船乗りと言われた気球や落下傘でのイベントの紹介、パノラマ・ブームを引き起こしたことと凌雲閣の眺望との関係なども紹介してありました。明治の人々の関心事を興味深いエピソードを列記しながら、読みやすい文章で書かれてあります。
一方、当時の建築の専門家は、凌雲閣や日本初の電気式エレベーターについて冷淡であったようでした。中に掲げられた百美人写真同様、見世物小屋的な発想で見られていたわけで、どちらかと言えば眺める塔として存在していたようです。中将湯や仁丹、福助足袋の広告看板があったようで、目をひく建物と広告という役割はずっと果たしていたのでした。明治末期ころ、電車賃の往復が九銭で、凌雲閣の木戸賃が五銭という格安がその評価でしょう。
なお、本書は滋賀県立大学人間文化学部教授の細馬宏通氏の著作です。豊富な絵はがきを随所に使用し、扉裏には「新撰東京名所図会」の浅草の図を掲載するなど、視覚的に分かりやすく説明してありました。
これまで、建築、歴史、社会学の研究者があまり考察してこなかった凌雲閣について、幅広い角度からその実態に迫ろうとした労作の増補新版ですので、これに関心のある方は是非どうぞ。