内容(「BOOK」データベースより)
ラサでも北京でも現存しない、チベット大蔵経木版手刷り印刷システム。東チベットの森林地帯、中国四川省のデルゲパルカン(徳格印経院)の歴史、現在、未来。
内容(「MARC」データベースより)
チベット伝統文化の歴史的拠点のひとつデルゲパルカン(徳格印経院)。隔絶した山奥の印刷所からチベット文化の真髄を伝える印刷物が伝統的手法で生産され続けている事実を伝え、活きている文化遺産の保存・活用方法を考察。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
池田 巧
1962年北海道生まれ。北海道大学文学部卒業。東京大学大学院在学中に北京の中央民族学院に留学、中国語とチベット語の方言調査の方法を学ぶ。1988年5月初めてカンディン“康定”からラゴン“塔公”までを乗合いのボンネットバスに揺られて踏査。このとき拠点として逗留した四川大学で留学中の中西純一氏と出会う。山梨県立女子短期大学講師、立教大学社会学部助教授を経て1999年より京都大学人文科学研究所助教授。専門は中国語とチベット系諸語の方言研究。近年は四川省の“川西民族走廊”地区に分布する羌語支諸語の調査と分析に取り組んでいる
中西 純一
1965年兵庫県生まれ。東京農業大学農学部卒業。東農大探検部が主催する長江航行活動実行委員会に83年から参加、未開放地区であったチベットに憧れを持つ。成都の四川大学に語学留学。その後武漢の華中農業大学、北京農業大学にてきのこ栽培学を学ぶ。90年夏に東農大時代の仲間とチベット高原に位置する長江源流をゴムボートで下り、94年夏にはメコン川源頭探検を行なう。96年にデルゲを訪れ、パルカンの永続的な保存と活用を目指した活動をはじめる。留学終了後は中国語通訳・コーディネイター業を経て現在はフリーのTVディレクター・食材探検家
山中 勝次
1942年京都市生まれ。京都大学農学部林学科卒業。同大学院博士課程修了後、奈良県林業試験場総括研究員を経て、きのこ総合研究所所長(民間企業)。1999年12月より京都菌類研究所所長。2000年より京都大学非常勤講師。農学博士。1992年以来、中西純一氏らとともに、中国のきのこの生態や栽培状況の調査で中国国内の随所を訪問。専門は菌学、樹木学、木材学など森林を構成する生物一般にかかわる幅広い研究領域を対象としている。最近では「かび・きのこ」以外に都市の樹木衰退調査や里山林再生など「緑」に関する研究参加の要請が多い(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1962年北海道生まれ。北海道大学文学部卒業。東京大学大学院在学中に北京の中央民族学院に留学、中国語とチベット語の方言調査の方法を学ぶ。1988年5月初めてカンディン“康定”からラゴン“塔公”までを乗合いのボンネットバスに揺られて踏査。このとき拠点として逗留した四川大学で留学中の中西純一氏と出会う。山梨県立女子短期大学講師、立教大学社会学部助教授を経て1999年より京都大学人文科学研究所助教授。専門は中国語とチベット系諸語の方言研究。近年は四川省の“川西民族走廊”地区に分布する羌語支諸語の調査と分析に取り組んでいる
中西 純一
1965年兵庫県生まれ。東京農業大学農学部卒業。東農大探検部が主催する長江航行活動実行委員会に83年から参加、未開放地区であったチベットに憧れを持つ。成都の四川大学に語学留学。その後武漢の華中農業大学、北京農業大学にてきのこ栽培学を学ぶ。90年夏に東農大時代の仲間とチベット高原に位置する長江源流をゴムボートで下り、94年夏にはメコン川源頭探検を行なう。96年にデルゲを訪れ、パルカンの永続的な保存と活用を目指した活動をはじめる。留学終了後は中国語通訳・コーディネイター業を経て現在はフリーのTVディレクター・食材探検家
山中 勝次
1942年京都市生まれ。京都大学農学部林学科卒業。同大学院博士課程修了後、奈良県林業試験場総括研究員を経て、きのこ総合研究所所長(民間企業)。1999年12月より京都菌類研究所所長。2000年より京都大学非常勤講師。農学博士。1992年以来、中西純一氏らとともに、中国のきのこの生態や栽培状況の調査で中国国内の随所を訪問。専門は菌学、樹木学、木材学など森林を構成する生物一般にかかわる幅広い研究領域を対象としている。最近では「かび・きのこ」以外に都市の樹木衰退調査や里山林再生など「緑」に関する研究参加の要請が多い(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)