弘前市や黒石市など、津軽に実在する10軒の食堂をモデルにしながらつづられた、ハートウォーミングな物語です。
別に登場人物が難病になるわけでもないし、巨悪に立ち向かうわけでもない。
時代が流れゆく中で風土に根ざした伝統を受け継ぐ食堂と、ふるさとに戻ることを躊躇する跡継ぎの若者を静かに描きます。
こうした地味な物語は展開が非常に難しいものですし、多数の登場人物が織り成す人間模様をどう処理するかにも手腕が問われます。
作者はここで、誰もが思いつきそうでなかなか思い至らない手法を採ります。
からみあう群像の心理の綾を描くため、細かい章段ごとに各々の登場人物の一人称視点に切り替えることにしたのです。
表現は非常に平易になって分かりやす過ぎるほどですが、それぞれの心理を余すところなく描ききることに成功しました。
百年の伝統、それを淡々と日常のなかで受け継ぐ人たち。
しばしばそれぞれの心に立つさざなみを、津軽の四季がさりげなく受け止めます。